2008/03/09

春よこい

夜、外へ買い物に出かけたら
いつもの道に漂う香りにふと立ち止まる

そうか、もう沈丁花の季節なんだな

闇夜に薫る沈丁花はとても妖しく艶やかで
あの寒い寒い冬が嘘だったとしか思えない
寒ければ寒いほど
その後に開く花はかぐわしいのかもしれない

そして私はこの香りに送られながら
歩きはじめたみいちゃんよりも先に
もうすぐおんもに出ていくのだ
ピカピカの1年生がランドセルしょって
新しい一歩を踏み出していく

楽しみ!

2008/03/08

QUE

この半年間、自分の頭の中だけで自分なりにいろいろ考えてきました。
が、これ以上自分ではどうにもできないことを悟り、何か手がかりになればと友人が薦めてくれたジェリー・ミンチントンという人の本を読んでみることにしました。
こういう自己啓発ものの本売り場に行くと、恐ろしいほどにポジティヴ・シンキングの背表紙が並んでいて、それを見るだけで気分が悪くなってしまうのです。それができればこんなに苦労せんっちゅうねん…と思いつつ、目的の本を見つけて購入。
定石通りの目次を眺めつつ、その中でちょっとヒントになることをみつけました。それは
「自分が目標にしたいことを宣言し、それをいつも唱える」
というもの。
「唱える」という行為は、普通に考えればそんなことで願いがかなうなんて到底思えないけれど、太古の昔から呪術や祈りや経文といった形で行われて来た歴史のある行為。
それに意味がないなんて思えない。
それに、思い込みから現実になっていくことってありますよね?
例えば、「病は気から」とか。「恋愛は思い込みから」とか。
この本を読んでふと、イメージトレーニングってアリだと思ったのです。
毎日ネガティヴなことを考えていてもそれは根本的な解決にはならない。どうせ解決されないのなら、ポジティヴなことを考えた方がまだましなのでは?と思ったのです。
そして、だまされたと思って試してみることに。

いつも暗黒なことを考えてしまう時間を、建設的な現在&未来を唱える時間に充てることにしました。
自信があろうとなかろうと「私は絶対うまくいく!」と言い聞かせて。

不思議なことに、それを行ったとたん新しい未来が開けました。
そのせいかどうかは分からないけど、今まで散々ダメだったことが急に展開したのだから、そのおかげだと思わざるを得ない気持ちもあったりします。
ってなんだか宗教っぽいけどヘンなものにははまってませんのでご安心を(笑)。

でも、どちらかというと西洋的なポジティヴ思考の指南書よりも、中国の思想家や仏教みたいな方が私には合ってる。答えは出ないけど、読む人それぞれにあてはめて各人のヒントになるようなことが書いてあるのが日本人には合ってると思うのです。次は老子・荘子、瀬戸内寂聴あたりかな。

まー、なんつーか、そのメッセージを受け取れる余裕があるかどうかっちゅうことやねんな。

人生がうまくいく、とっておきの考え方―自分を信じるだけで、いいことがどんどん起こる! (PHP文庫)人生がうまくいく、とっておきの考え方
―自分を信じるだけで、いいことがどんどん起こる!
(PHP文庫)
ジェリー ミンチントン Jerry Minchinton 弓場 隆


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2008/03/07

ボタンの掛け違い

先日読み終えたYMO本ですが、一番強く残ったのは、「ボタンの掛け違い」。

『増殖』でスネークマンショーのコントを入れるアイデアは幸宏さんが細野さんに提案して決まったことで、教授には何の相談もなく同意もないまま話が進み、さらに「写楽祭」というイベントでも成り行きでやることになったけど、実は教授は引いていました。スネークマンショーは面白いと思ってたけど、YMOと一緒にやるのはちょっと違うと思ってたのです。
「写楽祭」ではYMO見たさに押し掛けたファンが、いつまで経ってもYMOの曲を演奏しないことで騒ぎ始め、教授が客に向かって怒鳴ったという伝説があるけど、その場のことよりも前から思っていた不満が爆発した結果だったのでした。

その後、教授が『B-2 UNIT』の録音中、幸宏さんと細野さんは加藤和彦さんのアルバム録音のためにベルリンに行くのですが、そのことも教授にとっては「1人 vs 2人」の図式ができる原因になったようです。
特に教授はこの頃、有名になったことで顔が知れてしまい、現実的な“パブリック・プレッシャー”に悩まれて精神的にきつい状態になっていたので、被害妄想もあったんじゃないかと思います。
こういう気持ちの時は、たとえ相手に悪気がなくても、どうしたってネガティヴに取ってしまうと思います。

たしかビートルズもポリスも、解散前に「自分以外のメンバーが仲良くて自分だけが仲間外れにされている気がした」と言ってた気がします。感性が強いアーティストはメンタル面でもとても繊細。心の小さな揺れ動きに左右されることが多いのではと思います。

そして『BGM』を録り始めるわけですが、細野さんや幸宏さんのやり方に賛成できない部分があり、話し合うと大げんかになってしまうから、それを避けるためにあえて顔を合わさない方法を選んだ。そしてその鬱屈した気持ちが「音楽の計画」や「HAPPY END」などの過激さにつながっていったそうです。
そんなやり方でよくレコーディングできたと感心するけど、できちゃうところがYMOなんですよね。

私はこの「ストレスを遮断する」方法、理解できるんです。
話し合っても相手に歩み寄りが見られないと判断した場合、ストレスを抱えたまま付き合っていくのは忍びがたい。自分で感情をコントロールできない場合、これ以上ネガティヴにならないようにするには、原因となるものが目に入らない方法をとることが一番なんです。
教授もきっと自分に正直な人なんだと思います。

YMOを繋ぎ止めるために奔走したであろう当時のスタッフ、そして“レノン&マッカートニー”のごとき“教授と細野さん”の間を取り持つ役になった幸宏さんの苦労が忍ばれます。みんな、頑張ったね(笑)。偉いね!
そんなこともあったのに、四半世紀経ってやっと「あのときの自分は生意気だった」と素直に認められるようになった教授、それを笑って受け入れる2人。いや〜、やっぱ25年はかかるよね。わだかまりを解かすには、時間がかかるものなのです。

高野寛くんのデビュー曲『SEE YOU AGAIN』で「レールのように離れてゆく」という歌詞があるけれど、きっとそういうものなんじゃないかな。並んで走っていたレールが離れていくこともあるし、いつかまた戻って来ることもある。それがいつになるかは分からないけど、そのチャンスはあると信じていたい。
BGMBGM
YMO


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青春プレイバック

そんなに青春でもないけど(笑)。

今日はヤボ用で板橋区某所へ。偶然にも私が数年前まで住んでいたすぐ近くだったので、帰りに昔の家まで寄ってみました。

歩き慣れた道を普通に歩き、見覚えのあるマンションへ。
なんにも変わってないので、思わず「ただいまー!」って入って行きそうになるけれど、私の部屋だった場所には電気が点いていて、別の誰かが住んでいて、そこはもう私の家ではないんだなあと気付いて。

私には別に帰る家がちゃんとあるのに、家なき子になったような、
なんだか変な感じに襲われました。

久しぶりに渋谷や品川に行くと、お店がつぶれていたり新しいビルが出来ていたり、東京の移り変わりの激しさに驚いてしまうけれど、板橋区では駅に向かう道は笑っちゃうぐらいなんにも変わっていなくて、ああ、なんか私、この町が好きだなあと思ったのでした。

2008/03/05

YMO本、読了。

YMOのロングインタビュー集『イエロー・マジック・オーケストラ』(アスペクト刊)を読み終えました。YMOのCD再発の際にノベルティで配られた『OMOIDE』というブックレットを再編したもので、結成から再生までを本人たちに直接インタビューしています。
何がすごいって、インタビュアーさんの知識!本人よりYMOに詳しいんじゃないかって思うぐらいマニアック。ぜひカルトQに出てほしい。

実は10日ぐらい前に買って読み始めたんだけど、インタビューが散開に近付いて来ると何だか進まなくなっちゃって…。未だに『プロパガンダ』では炎上シーンの手前で止めたくなるのと同じ心情です。

YMOは私の中では1986年ぐらいで封印(シールド)されているので、今さら過去を振り返って確認するような興味は一切なかったけど、今や常識的なことも全く知らないため(なんたって散開ツアーの主旋律がテープだったのに気付いたのが去年)、「え〜、そんなことも知らないのぉ?」と言われるのも悔しいので、お勉強のつもりで読みました。面白いと思ったページにペタペタ付箋を貼ったので、ガリ勉くんのテキストブックみたいになっちゃった(笑)。

例えば『BGM』では曲の長さが全部4分30秒、各面最後の曲は5分30秒だってことや(レコード世代には分からない)、幸宏さんの神経症が良くなる代わりに教授が悪くなっていったことや、その後教授が韓国に旅行して元気になって『京城音楽』を作ったことや、BGMのレコーディングから発売までが3か月しかなくて歌詞カードの印刷が間に合わなかったことや、散開ツアーのファッショなコンセプトは自分たちの望むものではなかったことなど、へえ〜〜〜、ほお〜〜〜と思うことがいっぱい。

ライヴアルバム『パブリック・プレッシャー』でレコード会社の契約の問題で渡辺香津美さんのギターがカットされ、代わりに教授がシンセを被せたという有名な話がありますが、もともとギターは必要なかったけど、コンピュータのテープロードの時間稼ぎをするためにギターソロを入れたというのも初耳だったのでびっくり(当時は演奏中に次の曲のテープロードをしていたのです!)。
しかも、YMO 的には脱フュージョン〜ニューウェーヴに向かっていたので、契約の問題でNGになったのはむしろ好都合。細野さんいわく「ニューウェーヴの神様がそうさせた」んだって(笑)。すごいね、それって。

あとは、当初流動的にメンバーを入れようと思っていた計画に矢野誠さん(矢野顕子さんの当時の旦那さま)の名前が揚がっていたけど、彼が当時問題を抱えていて、そのことで一度ピットインのステージが失敗して計画がポシャったということを細野さんが話していて、その問題ってやっぱりあのこと??とか、非常に女子っぽい食いつきを見せてしまいました。私がインタビュアーだったもうちょっと掘り下げて聞いてたと思う(笑)。

ほかにもいろいろ書き留めておきたいことがあるので、とりあえず今日はこの辺で。

イエロー・マジック・オーケストラ(第2版)イエロー・マジック・オーケストラ(第2版)
細野晴臣 高橋幸宏 坂本龍一


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