
何がすごいって、インタビュアーさんの知識!本人よりYMOに詳しいんじゃないかって思うぐらいマニアック。ぜひカルトQに出てほしい。
実は10日ぐらい前に買って読み始めたんだけど、インタビューが散開に近付いて来ると何だか進まなくなっちゃって…。未だに『プロパガンダ』では炎上シーンの手前で止めたくなるのと同じ心情です。
YMOは私の中では1986年ぐらいで封印(シールド)されているので、今さら過去を振り返って確認するような興味は一切なかったけど、今や常識的なことも全く知らないため(なんたって散開ツアーの主旋律がテープだったのに気付いたのが去年)、「え〜、そんなことも知らないのぉ?」と言われるのも悔しいので、お勉強のつもりで読みました。面白いと思ったページにペタペタ付箋を貼ったので、ガリ勉くんのテキストブックみたいになっちゃった(笑)。
例えば『BGM』では曲の長さが全部4分30秒、各面最後の曲は5分30秒だってことや(レコード世代には分からない)、幸宏さんの神経症が良くなる代わりに教授が悪くなっていったことや、その後教授が韓国に旅行して元気になって『京城音楽』を作ったことや、BGMのレコーディングから発売までが3か月しかなくて歌詞カードの印刷が間に合わなかったことや、散開ツアーのファッショなコンセプトは自分たちの望むものではなかったことなど、へえ〜〜〜、ほお〜〜〜と思うことがいっぱい。
ライヴアルバム『パブリック・プレッシャー』でレコード会社の契約の問題で渡辺香津美さんのギターがカットされ、代わりに教授がシンセを被せたという有名な話がありますが、もともとギターは必要なかったけど、コンピュータのテープロードの時間稼ぎをするためにギターソロを入れたというのも初耳だったのでびっくり(当時は演奏中に次の曲のテープロードをしていたのです!)。
しかも、YMO 的には脱フュージョン〜ニューウェーヴに向かっていたので、契約の問題でNGになったのはむしろ好都合。細野さんいわく「ニューウェーヴの神様がそうさせた」んだって(笑)。すごいね、それって。
あとは、当初流動的にメンバーを入れようと思っていた計画に矢野誠さん(矢野顕子さんの当時の旦那さま)の名前が揚がっていたけど、彼が当時問題を抱えていて、そのことで一度ピットインのステージが失敗して計画がポシャったということを細野さんが話していて、その問題ってやっぱりあのこと??とか、非常に女子っぽい食いつきを見せてしまいました。私がインタビュアーだったもうちょっと掘り下げて聞いてたと思う(笑)。
ほかにもいろいろ書き留めておきたいことがあるので、とりあえず今日はこの辺で。
イエロー・マジック・オーケストラ(第2版) 細野晴臣 高橋幸宏 坂本龍一 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
0 件のコメント:
コメントを投稿