2014/04/26

ジラフ〜!

いつも横目で見ていた「元町・中華街行き」に初乗車、乗り換えなしで横浜まで来ました。
港が見える丘公園からのガントリークレーンの眺めが最高!

料理の地名問題について

常日頃から、料理に地名をつける時は
よっぽど気をつけていただきたいと切に訴えてきた私。
京都のなんちゃらとか、十勝のほにゃららとか、
イメージ優先で中身が伴ってなかったり
それって地名関係あります?ってのがあったり。

今日は「津軽海峡」という名前のお弁当を買いに行った。
「津軽海峡」と聞いて皆さん何を想像しますか?
まず魚卵でしょ、それからホタテ、イカは必須。
エビ、できればカニもいてほしいよね。
ところが今日見た「津軽海峡弁当」は
鮭の西京焼と煮物が入っているだけ。
何回も見たけど、どこにもホタテやイカはいなかった。
百歩譲って鮭はOKとして、西京焼なんて京都でしょ?
これのどこが津軽海峡!!??
津軽海峡をなめんなよ!(って私も津軽出身じゃないけどさ)

苦言を呈するべきかどうしようか悩んだけど
きっと津軽の人はこれにクレームを付けてないんだ。
だからずっとメニューにあるんだ、優しいなあ。
控えめで出しゃばらないんだなあ。
がしかし、私は全身で「津軽海峡」を想像していたので
この津軽海峡欲を代替することはできず
向かったのはお持ち帰り海鮮丼のお店。

海峡丼、これですこれ!
イカ、ホタテ、魚卵、カニ、海峡のオールスター勢揃い。
これに津軽海峡って名前がついてたら、誰も文句ないと思う。
看板にいつわりがあってはならぬのです。

2014/04/22

Here comes the sound!

またかとお思いでしょうが
耳そうじのしすぎで外耳炎になりました…。

分かっちゃいるけどやめられない。
禁止されればされるほど燃えてしまう。
いつしかエスカレートして、また耳の中がごわごわ。
イヤホンで聞いてる音楽も違う音に聞こえてきたのでいよいよヤバイと職場の近くの耳鼻科を予約するも
都心に耳鼻科は少ないのか、予約は2週間後…。

地元の耳鼻科でも良かったのだが
あえて2週間待った理由は
耳の中をファイバースコープで見せてくれるから!
実際見た自分の耳の中は、めっちゃキレイだった(笑)。
そりゃそうだ、これでもかってぐらい耳かきしてるもん。

右耳は、鼓膜まで触ってたので鼓膜が荒れてた。
左耳は、奥に押し込んだ耳あかが鼓膜に被さっていた。
細いノズルで吸引して取り去ってもらったのだが
「ミルフィーユみたいになってますね」だって。
その一部始終を右耳はライヴで、左耳は録画で見せてもらい
しっかりしたインフォームドコンセントをしてもらい
過度な投薬もなく良心的な治療費で終了した。

今までいろんな耳鼻科に通ったけど、どこも違う治療だった。
耳のいじりすぎだと笑って抗生物質を出して終わりだったり
抗生物質を出し続けて治るまで通わせたり
無理矢理こそぎ取ってそのあと鼓膜炎になったり…。

今日の先生は、私たちのことを“カキスギスト”と名付け
カキスギストに合う耳かき器具を推奨し
耳かき好きの気持ちを理解してくれている方だった。
さらにエスカレート行為をライヴ映像でたしなめてくれて…。
先生、ついていきます!!

スッキリした耳で聴いたのが、ビートルズのアビーロード。
「 Here comes the sun」の12弦ギターの鮮明なこと!
嗚呼、いいねえ。
音がちゃんと届くってことは。

2014/04/17

無事買えました、ユニコーン。

ユニコーンのチケット、土曜日の幕張メッセがやっと買えた〜。
平日に休みが取れない(早退しても心から楽しめない)仕事なので
土日のライヴを狙っていたら、全然取れやしない。
今回のツアーはスタジアム級のハコじゃないので
もう無理かと思ってたけど
追加公演の幕張メッセに救われた。

ポール・マッカートニーのチケットもそうだったけど
セブンイレブンで支払って、チケットの発行は後日って
いつからこういうシステムになったの?
引換券を無くさないかと気が気じゃないんですけど。

ユニコーンの新譜「イーガジャケジョロ」聴いてますが
「シャンブル」や「Z」ほどの感動がないのは
もう慣れちゃったのかな?
テッシーのバラード熱唱とかどうしていいか分からん(笑)。
でも、アネッサのCMソング「あなたが太陽」は
まるでTHE WHOだし
「鳥の特急便」の厚みのある演奏は超カッコイイし
そしてなんといっても舟渡!
 ツアーでは全国ご当地三文字地名が炸裂しているのかな。

ところでツアー名「イーガジャケジョロ」が
当初「イーガジャケ“ジェロ”」だったのは
単なるミスだったのか、それともネタだったのか?

2014/04/12

思い出をたどる旅

護国寺で豆大福が買えたのは一時間後。
いやー、昔はせいぜい15人ぐらいの行列だったのに
50人は並んでた。びっくりだ。

そのあとは初めて一人暮らししたアパートへ。
変わらずあったけど、オサレな名前に変わってた。
私が住んでいた部屋には人の気配があって
ああ、こんな天気のいい日にテレビなんて見てないで
日当りの悪い部屋で過ごさずに外に出ようよ!
なんて、元住人から心のアドバイス。

その後、両親と弟と住んでいた板橋区の家へ。
 私が夜な夜なお酒を買いに行っていたコンビニはすでになく
別な場所に新しいコンビニが出来ていた。
よく買い物に行っていたスーパーへ行ってみたが
小さな商店街はいろいろ移り変わりがあり
父が初孫の写真を撮りまくってプリントしていた写真屋さんも
もうなくなっていた。

あれがこう変わってたよ、
あれがなくなって、あれはまだあったよ、
そういう話をして懐かしがってくれる人が減ったのが
寂しいね。

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