2009/05/05

煙の汽車に乗って

昨年6月、私の父は肝臓ガンのため永眠した。
荼毘に伏すとき、嫁いだ妹は、まだ小さな甥や姪がショックを受けないように火葬場には連れて来ず
「おじいちゃんは煙の汽車に乗って天国に行くんだよ」
と説明したという。
のちに納骨をした際、そこで初めて彼等は“おじいちゃんは骨になってしまった”という事実を知り、小さな瞳から大粒の涙をぽろぽろとこぼしていたのを覚えている。

自分はもう長くないと分かっている悲しみ。
余命長くないことが分かっている人と接する悲しみ。
自分だけが死んでいくという孤独。死への恐怖。
食事、排泄、食事、排泄の繰り返し。
これがいつまで続くのだろうという看病する側のつらさ。
思い出しただけでも、すべてが、せつない。

どの季節が来ても悲しい。

いつまでもメソメソしてるわけにもいかないので、なるべく人の死に対して反応しないようにしてきたけれど、昔好きだった人が、しかもガンで亡くなったニュースを聞かされた日には…。

「ガンの壮絶死」という表現はよくあるけれど、何がどう壮絶だったのか知りもしないくせに気軽に書くんじゃねえよ!と思ってしまう。

ガンなんて1度なればもういいじゃん!
なんで2度も3度もならなくちゃいけないのよ!


煙の汽車に乗って天国に向かっているキヨシローさんの冥福を心から祈ります。
そしてご家族の悲しみが一日も早く癒えますように。

2 件のコメント:

achiko さんのコメント...

足跡を残そうと思ったのですが、
「おもしろい!」をクリックするのも憚られてコメントにしました。

特に何かをコメントしたい、というわけではないのですけど、しっかり読ませて頂きましたよ、ということで。

ぷるみえ さんのコメント...

誰かがガンで亡くなるたびに悲しみがぶり返してしまいます。
どんなに健康的に生活しても、どんなに正直に生きていても、あっさりと命を奪ってしまうガンという病気は、ほんとうに不公平だなと思います。

お気遣いありがとうございます。

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